子どもの自主性にまかせていると

子どもに何かをさせるという言葉を使っている保育者や研究者は

幼児であっても同じことです
あせもができたときは、汗をかいて皮膚がふやけ、汗をかかないようにエアコンで部屋を涼しくしたり、汗孔(汗の出口)たくさん汗をかいたときはすぐに着がえさせるか、ケアしてもなかなか治らなかったり、あせもが赤くブツブツしているだけなら、ホームケアだけで治ります。かゆくなってかきこわすようなら、小児科か皮膚科を受診しましょう。デング熱やジカ熱が怖くて外遊びを控えぎみデング熱やジカ熱など、蚊に刺されて感染する病気の流行が話題になっています。外で遊ばせるのが怖いのですが、外出するときはどのような対策をして、何に気をつけたらいいですか?(3才·男の子)外では肌が露出しないような衣服を。蚊が多く発生する時間帯や場所は避けてデング熱は先般、日本で流行しましたね。

私はこの時期を幼児でも

ジカ熱も日本で感染者が確認されていますから、今後流行することも考えられます。デング熱もジカ熱も、感染を防ぐにはなにより、流行している地域に立ち入らないこと。原因となる蚊に刺されないようにすることが基本です。流行している地域に行くことは少ないかもしれませんが、蚊に刺されることはよくありますね。蚊に刺されないようにするには、虫よけをかしこく使うこと。

 

子どもの生活史を点検してみますと

目を開いているのは、それだけでも無理をしているのであって、その分だけ胃の消化をさまたげる。胃の作業に協力する生徒はコックリコックリを始める。午後の授業は能率が上がらない。それを午前中と同じように考えているのはおかしい食事をしたら、もう勉強はやめにする。ゆっくり昼休みをとったあと、軽い運動か何かして、下校にしたらどうであろう頭を働かせるには、頭の血のめぐりをよくする必要がある。がそちらへ召集されているようなときは、頭はお留守である胃袋に食べたものがいっぱいつまっていて、食後は勉強してはいけない、ということである。

しつけママがいる
それだけ空腹のときは能率がいいということにもなる朝飯前という言葉がある。朝食前にもできるほど、簡単だ、の意味であると辞書は説明している。それはそうかもしれないが、もとはすこし違っていたのではないかと思われる。簡単だから朝飯前にできるのではなく、朝飯前だから、いかにも簡単なように見えるのではないか。つまり、原因と結果が逆になってしまったのではなかろうか。

 

しつけではない-という人がいますこの発言は

そんなことどうでもいいじゃありませんか「パパ、ママということばをどうお思いになりますか「どうって、別に……。うちではパパ、ママと言わせていますけど、理屈なんかありませんもの」たいていの家庭という学校の校長の教育的識見はまずこの程度である。それでも子は育つではないかと言われるかもしれない(それは育つでしょう。親はなくとも子は育つ、と言いますものね)このごろ学校の先生が職業として見直されたらしく、採用試験は一流企業そこのけの激しさである。ろ教員はデモ·シカ教師といって世の中からあなどられたものである「しかたがない、教師にでもなるか「教師にしかなるものがないねといった調子であるそういうデモ·シカ先生にしても、大学で教職のための特別単位をとっている。

子どもの男性は

園より母親のひざの上の方が教育の場としては重要である小学校より幼稚園、幼稚園や小学校には専門家の先生がいるが、家庭にはいない。だれが教えるのか。わかりきったこと、お母さんである。お母さんは校長先生であり、担任であり、お手伝いさんであり、何から何までをひとりでやってのける。家庭という学校はお母さんでもつというわけだこのことをしっかりわきまえもしない母親が教育ママと呼ばれて涼しい顔をしている。ものだ伺いますが、赤ちゃんが生れて、最初にお母さんがおっしゃったことばを覚えていらっしゃいますか?「さあ……何だったかしら。

幼児が高めるべき力は

幼児たちは日々成長しますから

子どもにとっては悲しいことです生後15週間の赤ちゃんでも結果はほぼ同じなのですが、他人の女性で行なうと表情と声を結びつける事が出来ます。そして生後18週の赤ちゃんで実験をすると、父親の表情と声を結び付ける事が出来るのです。この理由ですが、女性は男性に比べ表情が豊かである為と考えられています。楽しげな表情の画面を見ます.赤ちゃんとのコミュニケーションを突然止める実験まず、最初生後5ヵ月の赤ちゃんに、母親が赤ちゃんの目を見て楽しげに話します。すると、赤ちゃんも楽しげにしているのですが、そこで母親が一方的に無表情になり、話をするのを止めてしまうとどうなるのでしょう?赤ちゃんは笑ったり、声を出したりして、母親とのコミュニケーションを図ろうとするのですが、それでも母親が反応しないと動揺し始めます。

子どもなりの稚拙な論理で口答えしてきます

この実験で、母子のコミュニケーションには笑顔が重要である事が分かりますまた、突然母親が反応しなくなる事は、赤ちゃんにとっては「関係の途絶」を意味します。母親から関係を途絶されたら、赤ちゃんはとても不安になってしまうのです。不安の理由は、野生動物の視点で考えれば理解できると思います。母親が自分との関係を途絶したと言う事は、天敵が迫っているか置き去りにされるかです。つまり、生存の危険に不安を感じているのです。子どもたちの姿は

育てられると世の中はガラスの向う

私が最初にしたのは、我が子の分析です。私は小学生の頃はかなりのガキ大将でしたので、虐めたくなる要素は分かります。私の子供の場合、「切り返しが下手」「まじめに受け止め過ぎる」「ボケとツッコミが出来ない」「身体的特徴にコンプレックスを持っている」など、色々問題点が見つかりましたそこでまず最初に始めたのが「ボケとツッコミ」です。そこで家庭での会話の中に、ボケとツッコミを取り入れるようにしました。最初は会話の中に、さり気にボケを入れる事から始めました。

伸ばすにはどうしたらいい?

育てるお母さんとの間の肌の触れ合いの少なかった幼児は
いきなり私がボケを入れても、慣れてないのでツッコミが入りません。そこで「違うだろ!ここは突っ込んで欲しい所だろ!」と冗談交じりに話すのです。しかし何度やっても、期待するツッコミは入りません。ツッコミがまじめ過ぎるのです。そこで、子供のボケてもいない所に、ボケ系の突っ込みを入れるようにして、子供との会話を質問型式から漫扌型式に変更しました。しかし期待する返しが出来るまで、数年の歳月を要しました。
どんなことも平気これは理想やイメージ先行型の子育てです

子どもと一緒に決めてとり組むたとえば

ゲームに時間を取られて困るのは子ども自身です。位で話をしてあげてください子どもはそれもわかっていますから、あくまで子ども本ゲームがすべて悪いとは言いませんが、他に大好きなことや夢中になって取り組めることを見つけられるよう、サポートしてあげてほしいと思います叱られる側が主役子どもを叱るって難しいですよね。みなさんもいろいろな叱り方をされていると思いますが、一番大切なことは「叱る」という行為によって、叱られた側がいい方向に向かわなければ意味がないということです。叱るという行為においては、「叱られた側」が主役です。自分がイライラしているのを解消するために叱るのではないのです自分の考えを押し付けるために叱るのではないのです。子どものために叱るのです。

教育の中で

自発性の発達はとまってしまいますそのような子どもは
ぼくが叱る時ぼくは子どもを叱る時、まず叱ったことでその子が良くなったことが想像できるかどうかを考えます。なる道筋を描けたら叱りますたとえば遅刻をしてしまう子に対して叱るのは時間が守れない、という行為に対してです。その後、したら明日から遅刻せず時間を守れるようになるかを考えます。「何時に家を出るの?」「七時五十分」「何時に起きてるの?」「七時二十分」「起きてから家を出るまでに何をするの?」「顔を洗ってごはん食べて時間割を合わせる」「じゃ、時間割を前日に合わせてみたらどう?」「そっか。そうすれば朝、時間に余裕ができる!叱るだけではうまくいきません。

幼児に家事を手伝ってもらう部分が少なくなってしまいました

幼児の場合

子育てをしているお母さん達は今は勝っていても、いつか頭を打つときが来るだろう。その時にその子どもは、勝ち負け以外の価値を教えてくれる賢人と出会えるだろうか。もし出会えなければ、その子どもは勝てなくなった後は永遠の敗者のまま生きていくか、それはただの現実逃避となるだろう。不健全な形で勝ち負けとは違う生き方を選ぶことになる。私の長男は、未熟児ギリギリで生まれたことから、発育曲線の番下のラインの前後をうろうろして育った。

子どもに悪影響を及ぼすという事は

発達障害の影響もあるのか、運動機能の発達も遅く、駆け足はいつも最下位で、その他の運動も上手くできないでいた。言葉の発達も遅めだったので、友人関係でもいつも後手後手に回る。典型的なダメダメな子どもだった。でも、それが良かったのだと思う。最初から他の子どもと比べようなどと思わなくなった。子どもは自分の意志で自分の好きなように振る舞うことができなくなります

児童の考える力を養うことができます

作品を仕上げた後、ある生徒が「センセーもう一つ出来上がりS☆」とさも満足げな顔でもう一つの生け花を持って駆け寄ってきました。その生徒は指導の作品を仕上げた後、外へ出て、枯れ枝空き瓶、転がっていた石などを探して回り、そして、それらを自由に創作し、お花を思いっきり楽しんで生けていたのです。「マリコセンセ、今日の指導って何だったのでしょうね、、し指導された先生が呟かれました。その生徒の作品が自由に伸びやかで目を見張るほどに一番素晴らしかったのです。「要らぬお節介の指導でしたねー」と苦笑いの私たちでした。

幼児にまかせてやってもらいましょうお手伝いをさせるには

子どもの事故や事件を防ぐには
また、ある絵画レッスンで三歳のMちゃんがリンゴを描いていました。横にいたお母さんが必死に「Mちゃん!リンゴは丸いでしょ!それに赤いんだよー」と言われました。即座に「Mのリンゴだもん」とMちゃんは言い放ち、お母さんの言葉なんぞ聞く耳もなくドンドン作品は出来上がりました。歪な形の可笑しなリンゴさんが出来上がりました。Mちゃんはとても嬉しい顔です。けれども、画用紙の中には未だ白い空きスペースがありました。またまた、お母さん。
子供とコミュニケーションをとることは

実は裏目に出ているということになります幼児を

つらいしょうが、周りは敵ばかりではありません。人間、どんな逆境に立たされ、気づくものです孤独感を味わっても、自分が心を開きさえすれば、思っている以上に味方が多いということに親同士の信頼関係があれば、子ども同士が少々ケガをするようなトラブルを起こしても、大きな問題には発展しない場合がほとんどになります。元気の良すぎる男の子の親こそ、子どものために一肌脱いで、PTA役員なんかをやってみてはいかがでしょう。そして積極的にたくさんのママたちとの信頼関係を築くように意識してみましょう。それだけでトラブルがトラブルでなくなり、自分の居場所も、子どもの居場所も、居心地が良くなるはずです。

育てのためにできることがあります

コミュニケーションはおおらかだったんですね
過干渉よりは過保護がベター「元気が良すぎるからといって、叩いたり、怒鳴ったりしてしつけても意味がない。叱る必要すらあまりない」というようなことばかりを書いてきたのですけれど、こういうことをお話しすると、講演会の会場では、「まったく叱らないでも大丈夫なの?ときには叩いてでも叱ることが必要なのでは?」という質問をいただくことがありますみなさんはどう思われますでしょうか。「まったく叱らないで大丈夫なのか?この質問の前提自体があり得ないと思いますまったく叱らないなんて不可能でしょう。私にだってできません「絶対に叱らないでしつけをするぞ!」とどんなに強く誓ったって、日々の子育てライフの中では、無意味に叱ったりしてしまうだってみなさん、そんなに意志が強いわけではないでしょう(笑)。「今日からダイエットするぞ!もうお菓子は食べないぞ!」と誓ったそばからおせんべいをつまんでしまうようなものです。